『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』感想 かたくなな心を解きほぐす鍵【ぼちぼち晴耕雨読】
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読書感想 2023年 7月その②
「SNSのキラキラした写真が投稿者のすべてではない」
そんなことは言われるまでもなくわかってる。
なのに、なぜ振り回されてしまうのだろう? この小説の主人公も、そして私も。
『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』の話です。
“喫茶ドードー”は「おひとりさま専用カフェ」を舞台にした連作短編集。発行から1年あまりで17刷を数えている人気シリーズです。
作者が現役のカフェ店主だけあり、登場する料理や飲み物のディテールが凝っていて、それだけで食べることが大好きな私はワクワク。
見落としてしまいそうな小さい看板にまねかれ道を進むと、路地の先には小さな一軒家が。5人で満席のこぢんまりした店は、「そろり」さんと呼ばれる男性がひとりで切り盛りしています。
緑豊かな庭にもテーブルセットが置かれ、ときにはそこに案内されるお客さんもいます。外の席には料理を提供するための楽しいしかけがあるのですが、それは読んでのお楽しみ。
ひとつ重要なこと。
この小説は、すべてのエピソードでコロナ禍の毎日が描かれています。
とくに前置きもなく、あたりまえのような顔をして。
何年もあとに、本や映像でしかコロナウィルスが猛威を振るった日々を知らない世代がこの小説を読んだとき、いったいどんな感想を抱くんだろうか。
そういった視点でも興味深く読みました。
「ていねいな暮らし」に磨り減っていく心
冒頭の問いに戻ります。
「SNSのキラキラした写真が投稿者のすべてではない」
そんな当然の話を忘れてしまったのが、第1話の主人公です。
可絵は「ていねいな暮らし」に疲れ果ててしまった女性翻訳者。
SNSで出会ったお気に入りのユーザーが投稿する写真に憧れ、紹介されていた南部鉄器のスキレットやほうきを購入し、モーニングルーティンの瞑想も欠かさない。
習慣が義務のようになり、さらには重荷になりはじめたころ、憧れの人の変節を知ってしまいます。
ぽっきり折れた心を抱え喫茶ドードーに立ち寄った彼女に、そろりがかけた言葉とは……。
正直ね、このエピソードちょっとツッコミいれつつ読みました。
SNS(おそらくインスタ)にあげる写真なんて、きれいなもの美しいもの他人に見てもらいたいものなんだから、キラキラ眩しくて当然でしょう*1。
失敗した手料理の悲惨さをあらそって大喜利するTwitterとはワケが違うよ……
身の丈に合わない努力が空回りしてる。今時、そこまで振り回されるか?と首を捻ってしまって。
主人公はわりと特殊な職業である翻訳者、在宅ワークでマウントとってくる同僚もおらず、年齢的にも30代なかばと落ち着いてるころだし、キャラ的にもマイペースにやれそうなのになぁ。「頭ではわかってる、でも……」と焦燥にかられるタイプには見えなくて、読みながら不思議でした。
もしかするとコロナで閉塞感がある日々だからかもしれない。
買い物はネット、電車に乗ったり店員とやりとりしたりの「雑多な」刺激はなく、目に映るのは美しいHPの写真。
他人と自分をリアルでくらべる術がない。
世界から取り残されたような感覚は、私にも覚えがあります。
1話目は“ていねいな暮らし”に憧れる翻訳家、2話目はジェンダーギャップに憤り、自由であろうとする女性……。
喫茶ドードーを訪れる人たちは、けっして間違ってない、真摯に懸命に生きている人たちです。
でも少し「かたくな」で、心が疲れている。それを解きほぐすのが、そろりの料理とおしゃべりなんですね。
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そういえば、主人公憧れのインフルエンサー(?)はなぜ方針を変えたんだろう。商業主義っぽくないのがウケてファンがついたんだろうに。
私と同じ疑問を持った方は、ぜひ第3話まで読むことをおすすめします。
面白いけど、コロナ禍の生活といい、あからさますぎるくらい現在(いま)を反映した小説だなー、なるほど売れるのわかるわぁ
……ご覧のとおり斜に構えて読んでた自分が、素直に良かった!と感じる物語でした。
喫茶ドードーの続編はまだ読んでいないので、そのうちゆっくり楽しみたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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*1:インスタアカ持ってないので想像です