【読書感想】『君と夏が、鉄塔の上』過ぎゆく夏の思い出にどうぞ!
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読書感想 2021年9月
男、女、料理長型、烏帽子型あるいは猫耳。
これらがなにを指す用語か、一体どれくらいの方がわかるでしょうか。
正解は鉄塔の種類。こんなにユニークで、多種多様な呼び名があるんですね!
『君と夏が、鉄塔の上』の主人公は鉄塔マニアの中学生。彼が知識を披露する場面を読んだとき、思わず読書の手を止めて「鉄塔 種類 写真」で検索してしまいました。あたりまえに眺めてきた世界の、知らない一面を見るとワクワクします。
季節的に少々出遅れましたが、夏の課題図書にぴったりの本作の感想です。
『君と夏が、鉄塔の上』賽助(さいすけ)
中学生活最後の夏休みを、漫然と過ごす主人公の少年・伊達。
小柄で目立たない彼のちょっと変わった趣味は、鉄塔を見ること。ひょんなことからエキセントリックな同級生の女生徒・帆月と関わった彼は、「近所の鉄塔の上に、小さな男の子の幽霊がいる」と聞かされ……
不登校中の霊感少年・比奈山も加わり、3人はその幽霊(妖怪?)の正体を探り始める。
帆月(ほづき)さんが自作のプロペラ付き自転車で屋上から飛び立とうとする冒頭シーンが印象的です。夏を舞台にした小説に、型破りな言動の美少女はよく似合う……。
比奈山(ひなやま)くんも魅力的ですね。以前は活発で人好きのする性格だったのに、あることを境に殻に閉じこもるようになったという曰くつきのキャラ。ちらりと描写のあった家庭環境も興味をひかれるものでした。
特殊な趣味と自覚のある伊達くんが、ふたりの前でおそるおそる鉄塔愛を表に出す流れはたいへん微笑ましいです。(そして遠慮のない帆月さんに気持ち悪いと言われたりする)
そんなに卑下する必要はないと思うのだけどなぁ。鉄塔に「京北線」「笹目線」なんて路線名がついてること、初めて知ってへぇえ~~!面白い!となりましたよ。間近で眺めた経験もほとんどないので、今度見かけたらじっくり観察してみようと思います。
ひとつ気になって仕方ないのが、主人公の友人として思わせぶりに出てきた明比古(あきひこ)くんは一体なんだったの?という疑問。
(以下ネタバレ)
↓↓↓↓
・主人公には鉄塔のそばで昔よく遊んでいた友達がいる
・その友達とは今はもう会っていない
・主人公たちと明比古は、同じ学校のはずなのにほとんど面識がない
・人見知りする主人公が、先月会ったばかりの明比古をなぜか下の名前で呼んでいる
これだけ条件が揃っていると気になりますよね……! 彼が異形のものである、と匂わせる場面はわずかにあるので、明比古の正体は読者の想像におまかせということでしょうか。
物語の中盤からはファンタジー色が強くなり、私が期待した方向とは少し違ってしまったのですが(比奈山くんもやや影が薄く残念)鉄塔という奥深いジャンルをからめた爽やかな青春小説でした。
薄れていく街の記憶をどのようにとどめるか
私が深く感銘を受けたのは、伊達くんが所属する地理歴史部の部長の言葉です。
「どんな建物もいつかは無くなり、人々はすぐに忘れる。忘れられたときに街は死ぬ。自分たちの活動はそれらを記録し、街を救うことだ」
こんな感じのセリフを伊達くんの友人でもある部長は口にするわけですが、まったく同じ感傷を近隣の開発ラッシュに覚えている私……。
そう、本当に人間は忘れますよね。忘却は悪いことばかりではないはずなのに、生まれ育った街の数年前の姿がおぼろげなのに気づいたときは、やっぱり切なくなります。
物語の大きなテーマのひとつでもあるので、言及はここまで。
オマケ 鉄塔ファンは意外と多い!
作者の賽助さんは、ゲーム実況グループのひとりとしても有名な方とか(不勉強なジャンルのため、調べて初めて知りました)
こちらの「電気新聞」ウェブサイトでインタビューが読めます。
そして、この「鉄塔小説」には先駆者的作品があるのですね。
小説内でも触れられていた『鉄塔武蔵野線』こちらも面白そうなので、そのうち読んでみたいです。映像化もなかなか評価が高く気になる!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!