若き大神官は救世主かペテン師か SFマンガ『夢みる惑星』【今週のお題】
<景品表示法に基づく表記>当ブログ内の一部記事にはプロモーションを含みます。
今週のお題「SFといえば」ぴったりの展覧会があったのに……
行きそびれてしまいました、萩尾望都SF原画展。
知ったのは最終日。6年前から展示数を大幅に増やして各地を巡回中で、そのうち東京凱旋するだろうとのんびり構えていたら……不覚でした。(公式アカウントをフォローしないから!)
⭐️萩尾望都 SF原画展⭐️
— 萩尾望都 SF原画展【公式】 (@hagiomoto_SF) 2022年5月25日
2016年の吉祥寺美術館以来、実に6年ぶりの東京凱旋が決定🎊
開催を記念してアイコンを変更しました✨
【東京会場】
7月9日~24日、アーツ千代田3331
7月16日には萩尾先生のトークイベントも開催‼️
参加方法は6月上旬にHPにアップします。https://t.co/B7tcr7vvMn pic.twitter.com/sSuRfKhmTz
開催期間も2週間と短かったのですね、残念。
鑑賞できなかった反動でSFマンガ熱が高まってしまった私。
そうして蔵書から選び出したのが『夢みる惑星』 80年代に描かれた少女マンガです。
現在ようやく半分までは読み終えたでしょうか。
手にとるのは10数年ぶり?と本当にひさびさ。それなのにストーリーはもちろん、セリフの数々を鮮明に憶えていることに我ながら驚きました。
物語を再読するのは贅沢な時間だと思います。
星の数ほどあるマンガや小説のなかで出会えるもの、まして何度も読み返すほど好きになる作品なんて、本当に一握りですから*1。
せっかくの機会なので、この名作を紹介させてください!
『夢みる惑星』 佐藤史生(さとう しお)
舞台は権勢を誇るアスカンタ王国。
不義の子として世間から隠されて育った主人公・イリスは、彼の存在を知った父王から後継者に据えられそうになります。
玉座の重圧と、腹違いの嫡子との争いからのがれる逃げ道が、イリスにはひとつだけありました。
それは、神殿の「大神官」となること──
逃げ道とは言っても、そちらも厳しい運命です。
かつては王と並ぶほどの力を持っていた神殿も、今は形骸化し、強力な“幻視能力”をもつ大神官もいない。
イリスにも幻視能力はほとんどありません。そのかわり王家の血筋と神秘的な美貌は備えていた。
神殿の復興を願う僧たちは、王と国民をだまし、イリスをハリボテの大神官に仕立てようともくろんだのです。
こう書くと血も涙もないふるまいですね。
しかし、僧たちには彼らなりの信念がありました。この地を大きな災厄が訪れるとき、人びとの心の支えとなる場所を残したかったのです。
必要なのは幻視能力ではなく大神官です
人びとが救いを求めて神殿の階段をかけのぼってくる…
その時 百万の美も千万の富も もはやチリに等しい
(中略)
大神官は人に非ず…
それは器 神の器です
器は中が空(くう)であってこそ役立つのですから
神殿に住まう唯一の幻視者であり、イリスの「師匠」であった神官エル・ライジアのセリフ。
不幸なことに、エル・ライジアが恐れた災厄は数年後に現実のものとなりました。
神殿と同じく王国から冷遇され、ほそぼそと研究を続けてきた科学者たち。彼らが「大陸移動にともなう大災害」を予告したのです。
予測されるのは大規模な地震と火山噴火、津波に洪水……。安全な場所に逃げなければ、人類は滅亡してしまいます。
けれど、どこに逃げる?
逃げる場所があったとして、科学をまじないの親戚としか思っていない王国の民をどのように説得する?
イリスならば、その役目が背負えます。200年ぶりの大神官、強力な幻視能力をもつはずの彼ならば。
イリスは神の名のもとに遷都を宣言。
「王にも大神官にもなりたくない」そう泣いていた少年は、幼いころの繊細さを残したまま強かに成長しました。
使命はただひとつ、人びとを逃がすこと ── 豊かな都から少しでも遠く、ひとりでも多く。
人類すべてを相手どった一大ペテンがいま幕を開けます。
ここがイイ!① 戯曲のようなセリフまわし
冒頭で何年たっても記憶しているとセリフについて触れました。いくつか引用した通り、印象的な名言が揃っています!
マンガは絵と文章でつくりだす芸術だなあとしみじみ。
心地いいリズムを刻む言葉が戯曲を思わせます。
ここがイイ!② 透明感のある硬質な絵
細い線が特別好きというわけではないのですが、『夢みる惑星』はこのタッチがとても合っていると思います。繊細な絵柄と言葉の選び方、どちらが欠けても世界観が壊れてしまう。
この作品には竜が人間のパートナーとして登場します。翼竜の背に乗り星空をかけるシーンなど忘れがたい美しさでした。
ここがイイ!③ キャラクターたち
あらすじは主人公の挙動に絞りましたが、魅力的なキャラがたくさん登場します。
復讐に燃える毒舌な少年奴隷、人を惹きつけてやまぬ力をもった舞姫。イリスへの対抗心と情で苦しむ異母弟と、その婚約者でありながらイリスに憧れる公女……などなど。
イリス自身も一筋縄ではいかない人物。
なにせ他の幻視能力をもつ神官すべてを暗殺しろと命じたくらいです。大神官就任式にアスカンタ外部の幻視能力者が出席すれば、自分に能力がないのがバレてしまうわけで……ここらへんはかなり血なまぐさい展開でした。
ときに汚い手を使いながら対立する勢力と渡り合う強さと、「神の代理人」としてしか生きられない孤独。
そのふたつをじっくり描いた本作は、深い人間ドラマも見どころです。
宗教と聖職者、それにすがる人々、迫りくる災害と民衆への扇動。
SFは現代社会との共通点が見つかることも多いですね。
私の持っている文庫版(1996年発行)では阪神淡路大震災とつなげた解説がされていましたが、あれからますます現実とリンクする事態に……。複雑な気持ちを抱きつつ、夢中でページをめくっています。
さまざまな楽しみ方ができる『夢みる惑星』、いちど読んでみませんか?
よければ感想も聞かせていただけると嬉しいです!
読書感想カテゴリはこんな記事も書いています。芦沢央さんいいですよ~
*1:偏愛気味を自覚しているので尚更です