みのりブログ

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【読書感想】『昨日の海は』 過去へ向かう旅──心優しい少年の青春ミステリ―

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読書感想 2021年8月 その②

今まで会った覚えもない、それどころか、存在すらも知らなかった伯母と従姉妹。

ある日、突然「明日、東京から2人がうちに来る」と母親に告げられて、戸惑いや反発を感じない思春期の少年がいるでしょうか。しかも、しばらく同居するというのです。

「昨日の海は」近藤史恵 

近藤史恵さん『昨日の海は』の主人公である光介は、四国の田舎に暮らす普通の高校1年生。母親の言葉に当然ながら驚き、自分だけが事前に相談されなかったと怒り、父親も母の姉であるそのひとと旧知の仲らしいことに疎外感を抱きます。

もっともプライベートな場所である「家のなか」に、肉親とはいえ他者が入りこむ。受け入れるには心の準備が必要だろうと、私にも経験上わかります。

ずっと昔、やむを得ない事情で母方の親族が居候するかもしれない……と聞いたとき、なんとも言えずそわそわした気持ちになったことをよく覚えています。嫌いな相手ではなく、夏休みに遊びに行ったことだって何回もあるのに。結局のところ実現はしなかったのですが、自分の薄情さを思い知るようで、いまだに苦い気持ちになる思い出。

 

翌日やってきた母娘は都会の匂いをまとっていました。穏やかな人柄だけれど芯が強く、光介を子ども扱いしない伯母の芹(せり)、不愛想で8歳とは思えない大人びた雰囲気の双葉。光介はぎこちなく、とくに「海と山しかない」と町を酷評する双葉には手を焼きながらも、この新しい家族と距離を縮めていきます。 

唯一の不安材料は、芹が過去を揺り起こそうとしていること。

光介の家は祖父の代に写真店を営んでいましたが、ある事件を境に店は閉められ、今日まで自宅の一角にありながら封印状態でした。

【ある事件】──それは、祖父母が起こした「心中事件」。

芹と光介の母、成人前の愛娘2人を残しての、田舎町では特大のスキャンダルだろう事件。光介は母親から「借金を苦にし、そろって海に入った」と理由を聞いています。

けれど芹は「どちらかがどちらかを殺した、無理心中」だと甥に打ち明けます。

 

物置にされていた店を掃除し、機材を購入し、止まっていた時間を動かしながら「高郷カメラ」を再建しようとする芹。

「ここで生きるためには、なにもかも曖昧なままで置いてはおけないの」

そんな伯母の言葉に導かれるように、光介は会ったこともない祖父母の過去と悲しい事件を調べ始めます。彼自身につながる歴史をひとつひとつ紐解きながら。

 『昨日の海と彼女の記憶』というタイトルで文庫化もされています。

 

ぱっと見た印象は地味な主人公、彼の好感度がとても高かった

当たり前だった日常が少しずつ変わっていく、そんな物語が昔から好きです。

隠された謎・都会からやってきた親戚というキーワードから、作中での「変化」には不穏なイメージがつきまといました。けれど読み進めるうちに、あぁこれは成長していく少年の一瞬の夏を切り取った話なのかな……と思うように(出版社のあらすじにも「青春」ミステリーとありましたね)

 

消極的で平凡な主人公、そんな光介くんが実はとても魅力的だと物語を追うごとに気づきます。

たとえば、事件の真相を探るなかで同級生と親しくなっていくのですが、その少女に対する光介の態度。異性に免疫のない彼は、いっしょに出かけるだけで(関係者に会いにいくという目的があるのに)数日前から意識しっぱなし。けれど、同時にこんなことも思ったりしていました。 

「学校ではもうつきあっている子たちもいる。彼女がいる奴のことはうらやましくて仕方がないが、だが一方で、女の子と仲良くすることがすぐ恋愛につながるのも寂しいような気がする」  (「昨日の海は」本文より引用)

興味がないわけじゃないけど、何でもかんでも恋愛に結びつけるのもちょっとイヤ。正直で今どきの子らしい柔軟な考え方、私はすっかり光介のことが好きになりました。

 

従姉妹の双葉への接し方もいいのです。双葉は気難しく、愛想もなく、ハッとするほど鋭い部分も年相応の幼さもある……という難易度の高さ。年齢の離れた相手の扱い方なんてわからないひとりっ子の光介。すぐに打ち解けられる魔法の言葉はないけれど、それでも光介はゆっくりと、着実に仲良くなっていきます。

 

 

心中事件の真相にはあまり心を動かされず、正直「えぇええ他にいくらでも穏当な解決策があっただろうに……」という感想。エピローグで光介がとった行動も、直前の章で描写された決意とはズレがあるように思います。

それでも大変に面白い小説でした。帰省する田舎すら持たない私なのに、生まれた小さな町から飛び出した光介の冒険を、自分がかつて体験したことのように感じました。上質な青春小説を読ませてもらった満足感でいっぱいです。

近藤史恵さんの小説で手にとったことがあるのは『ガーデン』『カナリヤは眠れない』『天使はモップを持って』など昔の作品ばかりなので、近作も読んでいきたいですね。

 

 

 

【おまけ】磯ノ森(物語の舞台である海辺の町)名物、芋天がおいしそう!

小説でも漫画でも、食べ物が出ると本筋とは別にしっかり記憶する私。

『昨日の海は』に登場する芋天(サツマイモの天ぷら)が非常においしそうで、夜中に読書していたのを後悔しました。衣が分厚く甘い味つけがしてあるとか。

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rocketnews24.com

 

素朴でとってもおいしそう……そして、今このブログを書いているのも夜中!

だんだんとお腹がすいてきました。うっかり夜食に手を出さないように、UPして寝ることにします!

 

minorimainiti.hatenablog.com